社員が共通の目的に向かって、能力を最大限に発揮するようになるための重要な3つのポイント
目次
はじめに
前回の記事では、企業が多くの人に喜んでもらえる優れた価値を提供するためには、心理的安全性の高い組織が不可欠であり、土台であることをお伝えしました。
ただ、心理的安全性の高い組織をつくりさえすれば優れた価値を提供できるようになるわけではなく、組織には心理的安全性の高い状態と共通の目的の両方が必要であることもあわせてお伝えしました。
→ ブログ:心理的安全性を高めるだけでは優れた効果は生まれない
多くの人々に喜んでもらえる優れた価値を提供し続けるためには、企業全体の共通の目的(ミッション・ビジョン・バリューなど)の実現を追求する厳しさと人を大切にし、尊重するあたたかさの両方が必要だということですね。
前回は、心理的安全性について詳しくお伝えしましたので、今回は社員一人ひとりが企業全体の共通の目的に向かって、主体的に行動し、協力し合う状態を生み出すにはどうしたらよいかということについてお伝えしたいと思います。
経営者であれば、自分の会社を、社員全員が共通の目的の実現を常に意識しながら、自ら考え、行動し、協力し合い、多くの人びとが喜ぶ価値を生み出し続けることができる会社にしたいと思っているのではないかと思いますし、私たちのような企業の組織づくりにかかわる者の多くも、最終的には企業やその社員の皆さんがそのような状態なることを目指していると思います。
ただ、社員の皆さんがそのような全体を意識しながら、主体的に動くという状態が実現している組織は、残念ながらとても少ないのが現状ではないかと思います。
なぜならば、ミッション・ビジョン・バリューなどの長期的な目的の実現に粘り強く取り組んでいくということがそもそも得意ではない人が圧倒的の多く、そのことから、社員を長期的な目的の実現に向かわせ、主体的に行動し、協力し合うように促すためにはそれなりの工夫や仕掛けが必要だからです。
今回は、社員を長期的な目的の実現に向かわせ、気持ちよく能力を最大限に発揮してもらうための重要なポイントについてお伝えしたいと思います。
人はなぜ長期的な目的に粘り強く取り組むことが苦手なのか
まず、多くの人は基本的に、長期的な目的に粘り強く努力を続けることがあまり得意ではないということを認識する必要があると思います。
たとえば、かなりの決意をもって始めた語学や資格取得のための勉強、あるいは運動やダイエット。
はじめのうちはがんばるのですが、だんだんいろいろな事情や誘惑に負けて勉強の時間が取れなくなってしまう、寒い日が続き運動がおっくうになる、ポテトチップスや甘いものに一度手を出したらやめられなくなりダイエットを断念するなど、多くの方が経験していることではないかと思います。
続けたいことは習慣化できず、やめたいことはずるずると続いてしまうというジレンマ。
長期的な目的の実現に向かって粘り強く努力や行動を続けることが難しい理由の一つとして、達成感や満足感がすぐには得られない、あるいは見えにくいということがあります。
それに対して、おいしいものを食べるとかお酒を飲むとか、ギャンブル、テーマパークでアトラクションに乗る、今多くの人が夢中になっている推し活などは、その行為自体が報酬になっていて、ほぼ行為と同時に達成感や満足感、興奮などの報酬が得られます。
ですから、冷静に考えれば資格を取得するとかダイエットなどの中長期的な目的に取り組むことは将来の自分にとってより大きな報酬をもたらしてくれる可能性が高いとわかっていても、ダメだと知りながら、すぐに報酬が得られる甘いものやギャンブルに負けてしまうのです。
そして、人が長期的な目的の実現に向かって粘り強く取り組めない2つめの理由としては、会社のミッション・ビジョン・バリューのような長期的な目的がどんなにすばらしい内容で、それを実現しようとすることが正しいことだとわかっていたとしても、そのことが自分にとって意味があり、何かいいことや楽しいことにつながるワクワクを感じるものでなければ、人は取り組む気にならないということです。
熱が少しでもあったら会社は休むのに、ゴルフやレジャーだったら多少の熱や天候が雨や雪でもいそいそと出かけていくという人は結構いるはずです。
多くの人は立派なことや正しいと思うことに必ずしもモチベートされるのではなく、自分にとって意味があり、ワクワクすることの方によりモチベートされやすいということです。
さらに、人が長期的な目的の実現に向かって粘り強く取り組めない3つめの理由としては、その長期的な目的が「自分にも実現できそう!」とは思えないからです。
いくら「卓越した技術で世の中の発展に貢献しよう」と企業理念でうたっていても、その理想を実現するための具体的な道筋や階段が見えていなければ、「言ってることはわからないでもないけど、だから?」と、具体的な実現方法がイメージできなければ自分ごとにはならず、具体的な行動には結びつかないわけです。
そして、人が長期的な目的の実現に向かって粘り強く取り組めない4つめの理由としては、人は少し余裕のある安心できる環境が無いと長期的でチャレンジングな目的には向かっていけないということです。
人は余裕がなく、不安感が心を占めていると、なるべくリスクを避けようとしますし、自分の目の前のことをこなすだけで精一杯で、他の同僚のことも気に掛けることができなくなり、当然長期的な目的の実現にはなるべく手を出さないようにしようとなってしまいます。
この様に、社員を長期的な目的の実現に向かわせるためには様々なハードルが存在しています。
ですから、社員を長期的な目的の実現に粘り強く取り組んでもらうように促すには、こうした人間の性質を踏まえて、長期的な目的に興味を持ち、その実現に取り組んでみようを思わせるような、丁寧な工夫や仕掛けが必要なのです。
社員が共通の目的に向かって、能力を最大限に発揮するようになるための重要な3つのポイント
今まで見てきたように、社員を会社の長期的な共通の目的(ミッション・ビジョン・バリューなど)に主体的に取り組んでもらうように促すには、かなりのハードルがあることを理解できたと思います。
そして、社員がそのハードルを乗り越えて、会社の長期的な目的に主体的に向かうように促すためには、先ほどの長期的な目的の実現になかなか取り組めない人間の性質を踏まえ、
- 会社の長期的な目的に、意味とワクワクを感じさせること
- 「自分にもできそうだ」と思える手段を見せてあげること
- 達成感や満足感などを要所々で感じられるようにすること
- 余裕のある安心できる職場環境をつくってあげること
などがポイントになります。
したがって、上記のことを満たすためには、経営者は少なくとも下記の3つの取り組みを丁寧に行う必要があります。
- 長期的な目的を実現するための具体的で、一貫性のある道筋や階段を明確にすること
- 自分たちは今何に注力すればよいのか、各部署やチームごとに目的とゴールを明確にし、共有すること
- 組織の心理的安全性を高めること
それぞれにどのように取り組んだらよいのか、見ていきましょう。
重要ポイント1:長期的な目的を実現するための具体的で、一貫性のある道筋や階段を明確にする
社員に、会社のミッション・ビジョン・バリューのような長期的な目的の実現に粘り強く取り組んでもらうためには、そのことに対して、社員が意味とワクワクを感じるようにする必要があります。
そのために有効なのが、ミッション・ビジョン・バリューなどの企業理念にもとづき、社員の皆さんが意味を感じ、ワクワクを覚えるような3~5年後を見据えた中期ビジョンを設定することです。
中期ビジョンとは、3~5年後にはわが社はお客様や社会にこんな価値を提供できる、こんな会社になりたいというありたい理想の姿・イメージです。
目に浮かぶようなイメージを描くというところがポイントです。
たとえば、キング牧師が自分のアメリカ社会での役割(ミッション)である「私には、黒人の人権を尊重する社会をつくる使命がある」というような概念的なメッセージしか発信していなかったら、多くの人を動かすことができたかわかりません。
20世紀最高のビジョンと言われるキング牧師のスピーチの一節、
「私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の息子と、かつての奴隷所有者の息子が、兄弟として同じテーブルに腰をおろすことだ。」
という誰もが目に浮かぶようなビジョンを提示したからこそ、人々の心を動かし、その理想像に対してワクワクし、共感を得ることができたのではないかと思います。
ですから、社員を企業理念のような抽象度が高い長期的な目的に向かってもらうためには、その中間に、企業理念にもとづき、適度の抽象度と具体性を兼ね備えた、目に浮かぶようにわくわくする理想のありたい姿(中期ビジョン)を描くことが非常に有効です。
3~5年後を見据えたワクワクする中期ビジョンが描けると、その中期ビジョンを実現するための経営戦略を発想しやすくなりますし、経営戦略が適切に立案できると、経営戦略を踏まえて今年全社では何に注力したらよいのか、全社の目標を実現するためには各部やチームは何に注力したら良いのかなどの組織目標も設定しやすくなります。
このように、企業理念を大切にしながらワクワクする中期ビジョンを描き、中期ビジョンを実現するための経営戦略を立案し、その経営戦略を実現するための全社目標、部目標、チーム目標をリンクする形で一貫性を持って設定できると、企業理念という長期的な目的の実現への道筋や階段が明確に見えるようになるので、社員の皆さんの中にも「自分にもできるのではないか」「今自分がやっている仕事は最終的には企業理念の実現につながっているんだ」という実感が持てるようになり、企業理念のような長期的な目的の実現を目指すことが自分ごとになり、主体的に行動し、協力し合うための判断基準を持てるようになります。
重要ポイント2:自分たちは今何に注力すればよいのか、各部署やチーム、プロジェクトごとに目的とゴールを共有する
現在はVUCAの時代と言われ、とても複雑で曖昧で、正解がわかりにくい世界になっていて、お客様や社会から多様で、すみずみまで配慮の行き届いた、質の高い価値を提供することを、企業は求められるようになっています。
このような状況の中で、企業がお客様や社会の要望に応えていくためには、高い専門知識や技術、想いを持った知識労働者が、最大限に能力を発揮するだけではなく、緊密に連携・協力し合って優れた価値を提供し続けることが必要です。
そして、その知識労働者が最大限に能力を発揮し、緊密に連携・協力し合うためには、組織やチームごと、プロジェクトや個々の重要な仕事ごとに、その目的と適切な粒度の(細かすぎない)ゴール設定がとても大事だと思います。
目的とゴールを設定すると、そこで働く人の自発的な発想と行動を抑制してしまうのではないかと思うかもしれませんが、私は逆だと考えています。
たとえば、タクシーに乗った場合を考えてみましょう。
タクシーに乗るということは、ドライバーと乗客というチームで何らかの共通の目的を達成する小さなプロジェクトだと考えてください。
ただ、主に行動するのはドライバーで、ドライバーにこのプロジェクトのパフォーマンスはかかっています。
それでは、このドライバーに気持ちよく、能力を最大限に発揮してもらって共通の目的を達成するために、もっとも重要なことは何でしょうか?
乗客は何をしたらよいのでしょうか?
一番大事なことは、乗客はタクシーに乗り込んだら、まず目的地(目的)と達成したい状態(ゴール)を明確に伝えてあげるということです。
【目的】
羽田空港で福岡行のJALに乗る
【ゴール】
- 9時発のJALに搭乗したいので、8時までには第1ターミナルに到着したい
- まだ時間があるので、安全運転で
- 基本的には高速道路を使わない
こういったことを最初に明確に伝え、乗客とドライバーの間で合意できていれば、乗客はプロであるドライバーに安心して運転を任せることができますし、ドライバーの方も自分の技術と経験をフルに使って、乗客の要望を実現するために、自分で判断して工夫することができます。
乗客は気を使うことなく、車の後ろで仕事をしたり、会話をしたり、寝不足であれば寝ることもできます。
お互いに自分を活かすことができ、気持ちよく過ごすことができます。
そして、何か状況に変化が起こったり、気になることが出てきたら、率直に確認し合えばいいわけです。
このように、企業の中でも組織やチーム、プロジェクトのメンバーが、それぞれ気持ちよく主体的に能力を発揮し、効果的に協力し合うためには、目的と適切な粒度の(細かすぎない)ゴールを明確にし、共有することがとても有効だと思います。
自分たちは今何に注力し、どのように協力したらよいか各々が判断しやすくなるからです。
そして、ゴール設定が細かすぎないので、メンバーそれぞれに工夫の余地がありますし、主体性を狭めるわけでもありません。
先ほどのタクシーの例で、もし乗客が乗り込んできた時に、目的地や基本的なゴールをドライバーに伝えなかったとしたら、「とにかく私の要望を感じ取って喜ばせてくれ。それがあなたの使命だ」というような抽象的なことだけしか言わなかったとしたら、タクシーはうまく走って、何かを成し遂げることができたでしょうか。
重要ポイント3:組織の心理的安全性を高める
社員が、会社の長期的な目的に向かって、主体的に考え、行動し、協力し合うようになるためには、ワクワクする中期ビジョンを描いたり、その中期ビジョンを実現するための道筋や階段を明確にしたり、チームやプロジェクトの目的と適切な粒度のゴールを設定したりすることがとても重要ですが、これらのことをうまく機能させるためには、心理的安全性の高い環境・組織が不可欠です。
心理的安全性が低い組織では、メンバーは長期的なことや挑戦的なことには取り組もうとしませんし、自分のことだけで精一杯なので、当然同僚と協力し合おうとしませんし、極力出すぎた真似はしないようになります。
理想とは真逆の組織ですよね。
いくらワクワクするビジョンを掲げたとしても、このような組織ではメンバーがモチベートされることは無いので、企業理念などの長期的な目的を軸に行動しようとはしないでしょう。
心理的安全性の高い組織のつくり方については、前回の記事「心理的安全性を高めるだけでは優れた効果は生まれない」で詳しく説明していますので、ぜひ参考にしてみてください。
まとめ
緻密で、レベルの高い価値をチームで生み出し、提供し続けることを求められる現代において、チーム内で自分たちが行う仕事の「目的、ゴール、基本的な注意事項など」を確認しながら業務を遂行することは、必須事項になってきています。
今回の記事で述べてきた、社員を会社の長期的な目的(ミッション・ビジョン・バリューなど)に基づいて、主体的に考え、行動し、協力し合い、優れた価値を生み出し続けるように促すためのポイントを、様々な専門的知識や技術を持った医療従事者が協働する必要がある、「手術」の場面で振り返ってみましょう。
手術のメイン担当である脳外科医が、一緒に手術を行うメンバーである助手の医師、看護師、麻酔科医、さまざまな医療機器を扱う医療技術者に対して、手術が始まる前のカンファレンスで次のように話をしました。
「私たちの使命は、患者の命を救い、できるだけ早く社会復帰させることです(ミッション)。
私たちは脳の手術については今までNo.1の成果を上げてきたし、これからも患者さんに寄り添ったトップレベルのパフォーマンスを実現するチームでありたいと思っています(ビジョン)。
そして、今日の手術は〇〇術です(目的)。
今日の手術で達成したいことや注意事項は、これとこれとこれです(絶対に押さえなければならないゴール)。
これらのポイントを押さえていただければ、手術が始まったらプロである皆さんの判断と行動にお任せします(主体的な判断と行動、権限委譲)。
もし、手術中に何か異変に気づいたら、私がどんな状況であってもすぐに知らせてください(心理的安全性)。
以上ですが、何か確認したいことや意見・提案などあればどんなことでもよいのでぜひ聞かせてください(心理的安全性)。」
いかがでしょう。
決して長いメッセージではなく、数分もかからずにメンバーに伝えることができる内容だと思います。
この短いメッセージを一番責任が重いリーダーが話すか話さないかで、手術のパフォーマンスは圧倒的に違ってくるのではないでしょうか。
手間を惜しまず、ちょっとした工夫を意識するだけで、メンバーの主体性を最大限に引き出し、優れた価値を世の中に提供できるようになるのではないでしょうか。