「本当に強い組織」をつくる起点はやはり理念経営
はじめに
新型コロナウイルスの発生当初、目に見えないウイルスによって、全世界の人々の動きが止まり、制限され、商品やサービスに対する需要の多くがあっという間に蒸発してしまいました。
ほぼ全世界の全業種に影響が及ぶという需要の減退は初めての経験でしたし、世界中がつながっていて、相互依存関係にあり、人類が一つであることがあらためてわかりました。
だんだんとコロナウイルスにも慣れ、ワクチンもできてきたことで経済活動も再開し、逆にインフレの抑制をしなければならない状況まで改善してきましたが、ウクライナ情勢や金利差による極端な円安など、経済的、精神的な厳しさはまだまだ予想され、気が抜けない状況です。
厳しい状況に直面しても、社員を不幸にしないためにも、困難を押し返せる強い体質の企業になる努力を常に続ける必要があると思います。
それでは、小手先の対応ではなく、困難な状況にも打ち勝てるような「本当に強い会社」をつくるためにはどうしたら良いのでしょうか?
私も経営者の端くれです。
このテーマは決して安易に語れる内容ではないことはよくわかっていますが、やはりこの時期にしっかりと考えておきたいと思います。
まず、どんな状況でも強い会社というのはどんな会社なのかというところから考えていきたいと思います。
強い会社:ネッツトヨタ南国
高知県にネッツトヨタ南国株式会社というトヨタ車の販売会社があります。
全国のトヨタ系列の販売会社約300社の中で、12年連続で顧客満足度No.1を獲得し、経営品質賞なども受賞している優良企業です。
このネッツトヨタ南国は、リーマンショック後に多くのカーディーラーが売り上げを前年比6割も落とす中で、売上を逆に伸ばしたのだそうです。
リーマンショックのニュース報道を見て心配した馴染みのお客様から買い替えの注文が殺到し、特別な営業活動もしていないのに売り上げが逆に伸びてしまったというのです。
本当に驚きですがこの秘密は、従業員が長年にわたってお客様に対してできる限りの質の高いサービスを自分で考えて実行してきたからです。
従業員が、お客様に対してできる最大限のサービスを試行錯誤しながら、全社一丸となって提供してきたことが、お客様からの信頼につながり、多くのファンをつくってきた積み重ねが、困難な状況の中で力を発揮したのです。
社員が自発的に考え、自分たちで決めて、協力しながら行動できるようになることはすべての経営者が望んでいる永遠のテーマではないかと思いますが、ネッツトヨタ南国ではどのようにしてそれを実現できたのでしょうか?
その秘密は、ネッツトヨタ南国の元社長、横田英毅氏の「人の幸せ」を本気で考えた、20年、30年を見すえた「質追求」の理念経営の実践でした。
ネッツトヨタ南国の企業理念は「全社員を勝利者にする」です。
横田社長にとって、一番大切なことは、社員が自分の個性や持ち味を最大限に発揮して、やりがいを持って働けること、つまり仕事において自己実現を果たし、「勝利者」になることです。
そして、社員が勝利者になるために、お客様にできるだけ質の高いサービスを提供して満足していただくことを追求しています。
理念や経営方針は横田社長が最初に示したと思いますが、それ以外の経営を含む会社内での問題解決、社内ルールの検討などはすべて、管理職ではないメンバーで構成されるプロジェクトチームの決定に任せています。
ネッツトヨタ南国にはマニュアルがなく、店舗内でのお客様へのサービスの提供の仕方も、メンバー同士が話し合い、工夫しながら決めて、実行しています。
こうした社員の協力の中から生まれてきたサービスの提供によって、12年連続で顧客満足度NO.1の栄冠を手にし、そのことによって不況にも打ちのめされない強い体質の企業になったのです。
※ネッツトヨタ南国株式会社については、横田英毅氏の著書「会社の目的は利益じゃない」参照
どんな時でも「本当に強い会社」とは?
ネッツトヨタ南国の事例も参考に、不況にも負けない「本当に強い会社」とはどのような会社かまとめてみたいと思います。
強い会社をつくる条件の1つ目は、経営者が「何を大事にしたいか」「どんな状態を実現したいか」「そのためにどんな会社でありたいか」という中長期的な会社全体の目指す姿(ビジョン)を明確に示して、それを基準に一貫性のある経営をしていくことです。
ネッツトヨタ南国の例でいえば、大切にしているのは「全社員を勝利者にする」ということで、いかに社員に最大限の力を発揮してもらうか考え、やりがいを持って働ける職場づくりを徹底的に追求しています。
強い会社をつくる条件の2つ目は、ほとんどの社員が、会社が目指す方向をちゃんと理解しながら、自分で考えて、やることを決めて、行動し、結果に責任を持つ自律的に働くことができる仕組みや環境を会社が整えることです。
ネッツトヨタでは、管理職はメンバーに仕事の指示をほとんどしません。メンバーはやることを自分で考え、決めて、実行します。もちろん間違えたり、失敗することもありますが、そのこと自体が社員の成長につながるので、管理職は問いかけをして気づきを促すことはありますが、やり方などに一々口を出すことはありません。
また会社の中の経営に関わるような重要な課題についても、管理職を除くメンバーだけのプロジェクトチームで検討して、対策を実行します。
そしてお客様へのサービスの提供の仕方もメンバー同士で考えて、チームで協力しながら実行するという権限委譲が徹底しています。
とにかく、社員が自主性を持って働き、やりがいを感じることを何よりも大切にしてます。
社員がやりがいを感じて仕事ができるようになり、成長していけば、当然サービスの質も上がり、結果として高い業績が長期的に実現すると考えているのです。
これを徹底しているところがすごいですね。
強い会社をつくるための条件の3つ目は、やはり世の中から求められる本当に質の高い価値(商品やサービス)を提供し続けることです。
どんなに経営者が中長期の目指す姿(ビジョン)を明確にして、社員が自律的、主体的に働くことができるようになったとしても、世の中から求められる本当に質の高い価値(商品やサービス)を最終的に提供できなければ、お客様や社会からの支持を得られず、衰退していくことになります。
ネッツトヨタ南国は、リーマンショック時にお客様に助けていただけるほどの質の高いサービスを提供してきたため、不況でも逆に強さを発揮することになりました。
上記のことをまとめると、どんな状況でも「本当に強い会社」とは下記の3つのことができている会社です。
①経営トップが、全社員が共感する中長期的な目指す姿(ビジョン)を明確に示している
②全社員がビジョンの実現を追求するの中で、自ら考え、決断し、行動し、結果に責任を持っている
③会社全体で、世の中から求められる質の高い価値(商品やサービス)を提供し続けている
ちゃんと会社の目指す方向を理解した上で、全社員が自分で考えて、決断し、行動し、結果に責任をもつ主体的、自律的な働き方ができるようになれば、その会社は困難な状況にも立ち向かっていくことができるはずです。
逆にどんなに大企業であっても、社員のほとんどが会社全体のことを考えず、指示待ちで、当事者意識や責任感が無ければ、不況の荒波に沈んでしまう可能性が高いでしょう。
ちなみに、結果に責任を持つというのは、結果を出せなかったら責任を取らせるという意味ではなく、行動した結果が良くても悪くてもそのことから学び、しっかりと次に活かすことをいいます。
したがって繰り返しになりますが、経営とは全社員が自ら考えて、決断し、行動し、結果に責任を持つ働き方ができるように、しっかりと仕組みや環境を整えていくことです。
つまり、いかに社員を最大限に活かし、やりがいを持って働ける状態をつくっていくかが、経営やマネジメントだと言えます。
あなたの会社では、経営トップや幹部の方が、そのことに意識を向けることができているでしょうか?
やっぱり強い!理念経営の8つの効果
理念をベースに社員の自律性を育む理念経営が、「本当に強い会社」を生み出すことがわかったと思いますが、理念経営を本気で実践することでどんな効果があるのか見ていきたいと思います。
経営の質が上がる → 経営品質の向上
まず第1番目の効果は、経営トップが「自社は何を大切にするのか」をベースに「どんな状態を実現したいのか」「そのためにどんな会社でありたいか」などのビジョンを真剣に考えることによって、経営トップ自身の意識が高まり、経営全体の質が向上していくことです。
良いことも悪いことも含めて会社の状態に対する影響力が最も大きいのは、経営トップ、社長です。
会社の成長、組織力の強化のためには、経営トップが意識を高め、器を大きくする必要があります。そのためにも、経営トップ自身が社員の意見も聞きながら理念を真剣に考え、皆が共感できるビジョンを描くことが不可欠です。
リーダーシップの強化
理念を軸にすることによって経営に一貫性が生まれ、経営トップが社員から信頼されるようになるので、経営トップの社員に対する影響力が高まり、会社全体のリーダーシップが強まります。
理念は社員が守って実行するものと思っている経営トップがいますが、とんでもありません。
経営トップが誰よりも理念を大切にし、その実現のためにできる限りのことをするという姿を見せなければ、社員から信頼を得て、リーダーシップを発揮することはできません。
仕事をする意味や意義を感じられるようになる → やりがい・充実感、内発的モチベーション
理念経営の最終的な目的は、掲げた理念の実現です。
たとえばネッツトヨタ南国の理念は「全社員を勝利者にする」ですから、社員一人ひとりが行っている目の前の仕事は最終的にはその理念の実現につながっていくはずです。
こんなにやりがいのあることがあるのでしょうか。日々の仕事にやる意味や意義が生まれるのです。
料理人の修業時代はとてもつらいと聞いていますが、「お客様から本当においしいと言っていただける調理をつくる」という理念を持っている料理人と、「普通の生活ができるお金を稼ぐ」という想いで仕事をしている料理人とでは、日々の辛い修行に対する意味の感じ方や習熟の度合いが全く変わってくると思います。
全社の料理人はお客様に喜んでもらえる料理をつくれるようになるためには、もっともっと修業する必要があるという気持ちが生まれる可能性が高く、後者の料理人はお金が稼げるだけの技術が身につければいいやと無意識のうちになってしまう可能性が高いでしょう。
経営トップや幹部は、社員の皆さんに目の前の仕事をする意味を感じさせることが極めて重要です。
それは、「何のために」という目的をしっかり示すことです。
社員が自分で考えて、行動できるようになる → 権限委譲、自己実現
理念やビジョン、行動指針があると、社員の自主性を奪ってしまうように感じる方もいるかもしれませんが、実は組織全体の方針がないと、逆に社員は自主性を発揮できなくなります。
たとえば、大きな船の船長さんが、乗組員に目的地も告げず、目的地へ行く大まかな方法も示さなかったとしたら、どうでしょう。
乗組員は、すっきりとその能力を発揮できるでしょうか?
何のために、どこに、いつまでに、どのコースでという基本方針が無ければ、どの方向に船を走らせたらいいのか、エンジンをフル回転させていいのか、判断できず、乗組員はその専門的な力を十分に発揮できません。
方針が無いまま、「君たちが自由に考えて、行動していいんだよ」と言われるとますます動けなくなります。
要するに組織を動かしていく上での共通の判断基準がないので、個々のメンバーが自分で考えて、決めて、行動することができないのです。
そうなると社員は社長の顔色をうかがうだけだったり、指示されるまで動かなくなったりします。
ですから、社員に自分で判断し、最大限の力を発揮して欲しいと思ったら、経営トップや幹部は、目的地や方向性、基本的な方針を明確に示す必要があるのです。
それが、理念であり、ビジョンであり、行動指針であったりします。
多様な社員が協力する求心力が生まれる → チームワーク
理念、ビジョンそしてビジョンを実現するための目標など共通の目的を達成するためには、チームワークが不可欠です。
また、チームワークを生み出すためには、理念、ビジョンそしてビジョンを実現するための目標など共通の目的が必要です。
共通の目的とチームワークはお互いを必要としています。セットなのですね。
現在のように、様々な世代、男性女性、外国人、様々な勤務形態の人々が入り混じった組織が増えていますが、それぞれが違った個性や価値観を持っています。
そんな多様な組織に求心力を与え、協力を促すのは、共通の目的=理念しかありません。
一緒に働く仲間がどの方向を目指しているのかが理解できるので、協力を申し出ることができるのです。
質が高く、ユニークな経営やサービスが生まれやすくなる → 本物の価値の提供、差別化
掲げた理念の実現を徹底していくと、ある意味自然にユニークな経営やサービスが生まれていきます。
業績を上げるというような現実的なことから発想するのではなくて、理想の実現から発想するので、思いつく内容が自然とレベルが高くなります。
ネッツトヨタ南国の例でいうと、常に「全社員を勝利者にする」ということを大事にしているので、経営やサービスがユニークになっていきます。
・営業マンには誰も幸福にしない飛び込みを一切やらせない
・経営も含めた組織の課題解決の方法は、すべてを一般職の判断に任せる
・マニュアルはなく、お客様へのサービスは一人ひとりの社員の判断と協力に任せる
・やりがいを求める人材を採用するため、新卒の面接には一人30時間をかける
なかなかほかの会社ではできないようなことを実行して、社員が活き活きと働く状態を実現しています。
理念に共感する人材が集まり、定着率が高まる
理念を掲げると、それに共感する人を集めることができます。
「なになにしたい人この指とまれ」です。
そうして集まってきた人に、理念やビジョン、行動指針、会社の様子などを伝え、本当に大事にしたいことや目指す方向が合ってるかを時間をかけて見極め、採用するので、協力がスムーズにいき、良い人間関係に恵まれるので、人材の定着が高まります。
ネッツトヨタ南国は、離職率が高いカーディーラー業界の中で、離職率は2%だそうです。
結果として業績が高まり、不況にも強くなる → 強い経営
理念を掲げ、大事にすることによって、経営の質が高まり、経営者のリーダーシップが強まります。
社員が仕事をする意味を感じながら、自分で考えて、決めて行動できるようになるとともに、チームワークも高まります。
そして、ユニークな経営やサービスでお客様が本当に求めることを提供できるようになり、喜んでいただけるようになり、そんな会社に共感する人材が集まり定着するので、結果として業績も高まり、不況にも強い組織が生まれます。
「理念を起点にした経営をしましょう」というと「それは理想、きれいごとではないか」と思う方もいるかもしれませんが、ネッツトヨタ南国だけではなく、直接支援させていただいている企業を見ていても、試行錯誤しながら「きれいごと」を本気で追及することによってはじめて、質の高い「本当に強い組織」をつくることができていると実感しています。
理念を起点に一貫性のある経営をしている会社は、社内に好循環が生まれていて、業績も良いのです。
これからの時代はますます、「本物=きれいごと」が求められる時代になるのではないかと思いますが、いかがでしょうか?
まとめ
理想的な組織、強い組織には、全体としての方向性・大きな流れと秩序・安定性が必要であるとともに、その組織の構成員であるメンバーは、自分で考え、決断し、活き活きとやりがいを感じながら行動するという活発な状態が必要です。
静と動、安定と自由など、組織全体には統一性や秩序がある一方で、同時に個々のメンバーは自由闊達に動き回っているという状態が理想的だと思います。
そうした状態を実現するのが経営トップ・幹部の役割であり、理念経営です。