社員の定着率を高める取り組みも同時に
はじめに
現在、人材の確保が経営上最大の課題になっていることは以前にもお伝えしました。
弊社が昨年度1年間で接触した87社の内、約60%の52社が人材確保に課題を感じていて、断トツのトップでした。
その理由としては、事業が拡大基調にあるのに必要な増員ができない、せっかく育てたのに中堅になると他社に転職してしまう、辞めた社員の仕事を引き継ぐ人材が採用できない、昨年までは応募者があったのに今年は全くない、社員の高齢化が進んでいて後継の若手社員を採用したいが資金的な余裕がないなど本当に様々です。
人材確保に課題を感じているというのは、一言で言えば「望ましい形で事業を展開していくのに必要な要員が不足している状態」ということです。
先日、東京しごと財団の中小企業の採用力強化の支援を担当している皆さんと意見交換をする機会がありました。
皆さん、東京都の中小企業の要望を受け、人材採用力の強化のコンサルティングを行っているのですが、お話を聞いていて特徴的だったのは、採用力や採用の質をあげる努力はもちろん必要なのだが、支援をしている会社の社員が定着する環境づくりがとても重要だと感じていらっしゃることです。
もし社員が辞めていく環境がそのままの状態では、いくら採用力を強化して人材が採用できるようになったとしても人が入れ替わるだけで、目指している人材確保の状態が実現できないわけです。
企業が採用力強化の相談に来た瞬間に、この企業はまず社員の定着に取り組んだ方がいいなと感じる場合もあるそうです。
私も以前勤めていた企業で採用に関わっていた時に、同じように感じていました。
メーカーで特にエンジニア、営業職の採用に苦労していたのですが、感じの良い若い男性・女性を採用担当者にアサインし、採用ブランディングを進める一方で大学のキャリアセンターを回ってもらい、信頼され学内セミナーを開催させてもらえるようになると、大学のお墨付きがあるので大学生の会社を見る目も一変し、こんなに意識の高い大学生が採用できるんだという状態になったのですが、会社の内容自体が変わっていないと、優秀な人材であればあるほど会社の実態を見抜くことができるので、早期に辞めていくという事態に直面しました。
やはり社員が魅力を感じ、長く働きたいと思う「本当にいい会社」づくりを採用力の強化よりも先に、あるいは同時に取り組まなければ、トータルでの人材確保力は高まらないんだなとその時実感しました。
現在、人材採用が難しくなっている状況下では、社員が内側から見ても魅力を感じ、長く働きたいと思う「本当にいい会社」づくりに継続的に取り組み、社員の定着率を高めることがますます重要になってきていると思います。
それでは、社員が魅力を感じ、長く働きたいと思う「本当にいい会社」になるためのポイントは何かということですが、結論から言うと人間が本質的に持っている3つの欲求を仕事をとおして満たしてあげることができる環境づくり・組織づくりをするということです。
社員の本質的な欲求まで満たす必要があるのと思われるかもしれませんが、人間の本質的な3つの欲求を満たすことは、人間の集合体である企業の本質的な欲求・事業の目的を満たすことにもつながり、最終的には企業の永続的な発展につながっていきます。
それでは、社員が魅力を感じ、長く働きたいと思う「本当にいい会社」づくりの核心である、人間の本質的な3つの欲求とは何かということから説明していきたいと思います。
人間の本質的な3つの欲求
人間の欲求には、いくら充実させてもモチベーションはある一定以上は高まらない欲求と充実すればするほどモチベーションが高まっていく欲求があります。
いわゆる衛生要因と動機付け要因と呼ばれるものです。
たとえば、給与、昇進、労働条件、福利厚生などの外側からの報酬(外的報酬)は、不足していると不満につながりますが、充実すれば充実するほど社員のモチベーションがあがるかというと、必ずしもそうではない要因です。
給与も一説には年収800万円を境に、それ以上多く支給したとしても、ほとんどモチベーションを高める効果はないと言われていますし、昇進も本当はそうではないかもしれませんが、あまり積極的に昇進したいと思う人が少なくなってきているのが現在のトレンドです。
また休日や福利厚生が他の会社よりも手厚いものだとしても、人間はそれに慣れてしまうと当たり前と感じるようになり、モチベーションや魅力を高める効果は長続きしません。
また、社員のモチベーションアップや会社の魅力付けのために、人事制度や教育制度を整備しようとする場合があると思いますが、やはりこれも整っていないと不満につながりますが、手厚い制度を作ればつくるほどモチベーションや魅力を高めることにつながるかというとそうではありません。
制度は組織がうまく回っているのであれば極論すると無くてもいいわけで、シンプルで分かりやすく、使い勝手がよく、最低限のものがあれば理想的なのではないかと思います。
では、充実すればするほど、満たしてあげれば上げるほど、社員のモチベーションアップアや会社の魅力度アップにつながる要因とはどのようなものなのでしょうか。
一般的には、達成感、成長実感、貢献を認め評価したり・感謝したりすること、仕事を任せることなど主に仕事そのものから生まれる精神的な報酬(内的報酬)が高まれば高まるほど、社員のモチベーションを高め、そのことによって企業の魅力度アップにつながっていくと言われています。
なぜなら、人間の本質的な欲求が、下記の3つだからです。
- 信頼する人から認められ、一緒にいたい(人から愛されたい)
- 自分らしく成長したい(自分を愛したい)
- 人や世の中の役に立てる存在になりたい(人を愛したい)
いかがでしょうか?皆さんの感覚に合うでしょうか?
言ってみれば、マズローの欲求階層説の下から3番目から上の高次の欲求を満たすことになるはずです。
したがって、社員は上記の本質的な3つの欲求を満たす環境のある会社ではモチベーションを高め、魅力を感じ、この会社で長く働きたいと感じるようになると思います。
お客様や同僚、世の中に役に立つやりがいを感じ、仕事をする中で自己成長を感じ、信頼できる仲間と働ける会社であれば、ほとんどの人がここで長く働きたいと単純に思うのではないでしょうか?
そんな社員の本質的な3つの欲求を満たしてあげる必要まであるのかと思うかもしれませんが、実は企業自身もこの3つの欲求を満たす経営ができれば、永続し、発展していく「本当にいい会社」になれる可能性が高まります。
企業も本質的には下記の3つを満たし、永続、発展していきたいと思っているのではないでしょうか。
- お客様や世の中の役に立つ
- そのために成長、発展する
- お客様や世の中の人びとから信頼され、愛される
当たり前かもしれませんが、人の集合体である企業が組織として目指していることと、人が仕事をする上で目指していることは一致するのです。
ですから、社員の本質的な3つの欲求を満たす環境や組織を実現することは、会社の持続的な発展にもつながるのです。
Win―Winの幸せな関係と言えるかもしれません。
社員の本質的な3つの欲求を満たす組織づくりのポイント
ここからは、社員の本質的な3つの欲求を満たす組織づくりのポイントについてお伝えしますが、繰り返しになりますが、社員が本質的に求めているのは下記の3つです。
- 信頼できる人に認められ、一緒にいたい(信頼)
- 自分らしく成長したい(成長)
- 人や世の中の役に立てる存在になりたい(やりがい)
したがって、社員の本質的な3つの欲求を満たす組織づくりをしようと思ったら、①信頼し合える人間関係を醸成すること、②自分らしく成長できる管理職のマネジメントを実現すること、③やりがいを実感できるように経営方針を明確にすることが重要です。
それぞれのポイントを見ていきましょう。
信頼し合える人間関係を醸成する
信頼し合える人間関係を社内に生み出すのは、主に経営者や管理職の社員に対する向き合い方にかかっています。
経営者や管理職が社員のことを信頼しておらず、売り上げや利益をあげるための道具のように扱えば、社員も当然経営者や管理職を信用することはなく、組織全体に不信感が漂うようになり、協力し合うような人間関係は生まれません。
したがって、経営者や管理職が、信頼を生む人との向き合い方を学び、実践していくことがとても重要です。
その信頼を生み出す土台、基本的な考え方は、経営者や管理職が、会社の全ての社員を、縁あって共通の目的の実現を目指す仲間として、その存在を無条件に認める、尊重するということです。
これは理屈ではなく、いい悪いや優秀か優秀じゃないかなどの判断をせずに、仲間として人としてまず受け入れるということです。多様性の受容ということにつながるかもしれません。
そして、信頼を生み出すためには、経営者や管理職は、社員を評価判断せずに、ありのままに理解しようとすること(傾聴)、社員が大切にしていることを大切にしてあげること(尊重)、社員との共通点・共感できる部分を膨らませていこうとすること(共感)を心がける必要があります。
いわゆる、ラポール(本能レベルの信頼関係)を生み出す基本ですね。
人は自分の存在を認めてくれない場所には、いたたまれないものです。
信頼し合える人間関係を醸成することは、人材が定着する組織をつくるための土台の土台と言えます。
社員が自分らしく成長できる管理職のマネジメントを実現する
人には自分らしく成長したいという自己実現欲求があります。
この世に生まれた限り、この欲求を誰もが持っていると思います。
では自分らしく成長するとはどういうことでしょうか。
「自分が生きる上で本当に大切にしたいことを大切にしながら、目の前の現実に対して効果的に試行錯誤を繰り返す中で、できなかったことができるように、あるいはより良くできるようになる」ということではないかと思います。
したがって、自分らしく成長するためには、自分が働く上で大切にしたいことを大切にしながら、自分で判断し、行動し、結果を次に活かしていく自律的な働き方をする必要があります。
これを管理職が支援するのが、社員が自分らしく成長できるマネジメントです。
一言で言えば、「管理職がちゃんと社員と必要なかかわり方をしながら、仕事を信じて任せるマネジメント」と言ってもよいかもしれません。
信じて任せるポイントはいくつかあって、下記の項目が特に重要です。
- こうゆう人材になって欲しいという期待する人材像の提示と支援(等級制度・教育制度)
- 社員が目指している方向と組織目標の両方を達成するための個人目標の設定
- 社員が仕事をする上で必要な情報の提供
- 重要な仕事の目的とゴールの管理職と社員の間での確認
- 仕事の目的とゴールを確認したら、ゴールの達成の仕方は社員に任せる
- 管理職と社員の間で仕事を振り返り、次に活かす機会を設ける(1on1、コーチング)
- 管理職から社員に対する応援、励まし、感謝
ほったらかしでもなく、過剰に干渉するでもないマネジメントです。
もちろんこれが完璧にできる管理職はいないと思いますが、先に上げた項目がとても重要なんだということを意識しながらマネジメント力をつねに磨いていくことがとても重要です。
やりがいを実感できるように経営方針を明確にする
社員が仕事にやりがいを実感できるようにするために重要なことは、社員が日々行っている仕事がお客様や世の中の役に立っていることがわかる道筋(ロードマップ)を見えるようにすることです。
社員一人ひとりが行っている仕事が、自分が所属する部署が目指していることの実現に貢献し、部署が実現を目指していることを実現できれば、会社全体が実現を目指していることの実現につながり、そして会社全体が実現を目指していることが実現できれば、会社が中長期的に取り組もうとしている経営戦略の実現につながり、経営戦略で立案したことを着実に実現できれば、数年後に実現したいと思っている会社のありたい理想の姿(中期ビジョン)が実現し、数年後の会社のありたい理想の姿(中期ビジョン)が実現できれば、会社がお客様や世の中に対してこんな役割を果たし、こんな状態を実現したいと考えている企業理念の実現に近づくことができるという道筋(ロードマップ)を、社員ができればありありとイメージできるようにすることが重要です。
そうすれば、社員は、自分が今取り組んでいる仕事が、最終的には会社の事業を通して多くのお客様や世の中のためになることがイメージでき、その最終的な会社の目的の実現に向けて真摯に働いている過程でお客様や同僚、取引先、地域の人びとに貢献し、喜んでもらう瞬間に出会うことで、長期と短期のスパンでやりがいを感じることができるようになります。
それでは、社員がこのような状態になるために、会社はどのような取り組みをしたらよいのでしょうか。
簡単に言えば、会社の最も重要な考え方や価値観である企業理念を文章化し、この企業理念に基づいて〇年後こんな価値をお客様や世の中に提供できるこんな会社でありたいという理想の姿(中期ビジョン)を描き、〇年後の会社のありたい理想の姿(中期ビジョン)を実現するための経営戦略を立案し、その経営戦略を着実実行していくための今年度の全社の目標を設定し、全社の目標を実現するための各部署の目標を設定し、各部署の目標を実現するための各個人の目標を設定し、全社員で共有することです。
長期的で抽象的な目的から、社員一人ひとり短期的で具体的な目標が一貫性を持ってつながっていることが社員全員に理解される状態が重要です。
ようするに一貫性のある経営方針と目標の明確化です。
そして目標を設定しただけでは絵に描いた餅になってしまいますので、目標の達成に向けた取り組みが各レベルでどのように行われ、どのような結果に結びついているのかを定期的に会議などで確認し、目標の達成に向けて立て直しを随時図りながら進めていきます。
その中で目標の実現に近づく成果が出た場合は、社員全員で共有して、お互いにねぎらったり、感謝したり、次のアクションに向けて励まし合ったりすることが重要で、そのことがやりがいや仕事をする楽しさにつながっていきます。
社員の本質的な3つの欲求を満たし、社員が魅力を感じ、長く働きたいと思う「本当にいい会社」づくりの主な3つの取り組みは、お気づきなった方もいるかもしれませんが、経営者や管理職の働きかけがほとんどです。
ですから、経営者と管理職が合意できればすぐにでも始められる取り組みです。
ただ取り組む必要がある項目は少なくはないので、とても難しいと感じるかもしれませんが、会社を永続させ、発展させ続けたいと思ったら、取り組むべき必須の内容です。
それを企業の経営者や管理職の皆さんが実現できるように支援するのが、われわれ組織人事コンサルタントの役割です。
まとめ
今、企業が事業を続け、存続し、発展していくためには、人材の確保が最大の課題になっています。
そして必要な人材を確保するためには、採用力を強化し人材を獲得する力を高めることも重要ですが、長期的に考えた場合は、社員が魅力を感じ、長く働きたいと思う「本当にいい会社」になるための継続的な取り組みを行い、社員の定着率を高めることが極めて重要になってきています。
そして、社員が魅力を感じ、長く働きたいと思う「本当にいい会社」をつくるためには、人間の本質的な3つの欲求である①信頼できる人に認められ、一緒にいたい(信頼)、②自分らしく成長したい(成長)、③人や世の中の役に立てる存在になりたい(やりがい)という根源的な想いを叶えてあげることができる環境づくり、組織づくりが重要であることをよく理解する必要があります。
そのことをもう少し具体的にお伝えすると、①信頼し合える人間関係を醸成すること、②自分らしく成長できる管理職のマネジメントを実現すること、③やりがいを実感できるような一貫性のある経営方針を明確にすることに取り組む必要があります。
上記のような組織を実現することは、少し難しく感じるかもしれませんが、社員が魅力を感じ、長く働きたいと思う、永続し、発展し続ける「本当にいい会社」になるためには、ぜひ取り組みたい内容です。
自分たちだけで推進するのは難しいと感じる場合は、外部の機関にも支援をしてもらい、少し長い視野で取り組んでいただければと思います。